大昭寺(ダージャオスー)【世界遺産】
7世紀中ごろ、吐蕃部族の首領、松賛干布(ソンツェン・ガンポ)がこの地を治め、641年、統一を果たした後、唐王朝の文成王女を妻にめとり、王女がチベットに入った後、湖を埋め立てて、廟を建てました。 この廟が、大昭寺(ジョカン)だといわれています。ラサ市街の中心部にある、647年創建のチベット最古の寺で「ジョカン寺」とも呼ばれます。チベット仏教の聖地で、多くの巡礼者が訪れます。ソンツェン・ガンポ王が唐から文成姫を妃に迎えるため、ネパールからの先妃・ティツン妃が建てられたといわれ、持参した釈迦牟尼像が本尊です。金瓦の屋根をもつ4つの堂が東西南北に置かれ、文化財も多く保存されています。
サラの中央区にある大昭寺は、1350年の歴史を持っています。大昭寺は、チベットで現存する一番輝かしい吐蕃時代(吐蕃は7世紀初めから9世紀中ごろにかけてチベットにあった統一王国です。)の建築でもあり、一番古い土木構造の建築でもあります。そして、大昭寺の建設をきっかけに、チベット独特の「平川様式」と呼ばれる寺の組み立てが生じました。何度も修復を繰り返し、増築をして、現在の25100平方メートルあまりの広い建物になりました。
大昭寺は、多くの仏を祭る神殿だけではなく、仏教の宇宙に関する理想的な様式である壇城を立体的に真実に再現した建物でもあります。大昭寺の玄関の前に、石柱が三本あります。その中の一つの石柱には、漢字とチベット文字で、西暦823年に結んだ唐蕃会盟書が書いてあります。庭の周り柱廊と回廊の壁画には、千人の仏像が描かれているので、「千佛廊」と呼ばれています。
大昭寺の壁画の総面積は、4400平方メートル余りです。千佛廊を右に曲がり、両側の夜叉殿と竜王殿を抜け、数百の酥油灯(ヤクの乳を煮つめた油の灯)の後ろは、有名な覚康仏殿です。そこは大昭寺の主体で、一番重要な仏が祭られています。その仏殿は、密閉した庭の様式をしている四階建ての建物で、中央区は経典を読む所の大経堂です。大経堂は、大昭寺の僧侶たちが経典を読む場所です。大経堂から遥かに置かれている素晴らしい千手千眼観音像が見えます。観音像の左側には、仏像の「連花生」があり、右側にも仏像の「強巴」があります。大経堂の周りは、全て小さな仏殿です。その中でも、中心にある釈迦の仏殿は、広いです。他の小型の仏殿は狭いですが、きれいです。釈迦の仏殿は大昭寺の中心であり、聖地詣でをする者が憧れるところです。その仏殿に祭ってある釈迦の仏像は、文成公主が持ってきたものです。
|